5年越しの片想い


(※注:絶望先生と何ら関係ない個人的なお話です。)

I call
(僕は君を呼ぶ
And there's no reply
だけど応えはない
Like some phantom cry
まるで亡霊が叫ぶように
On ears too far away
遠すぎて届かない)
 
"No Reply" words by Rim Jensen


みなさん、一目惚れする人間をどう思いますか。
軟派で軽薄?表面上の印象で相手を好きになるなんておかしい?
いえいえ、インスピレーションはときに大事なのです。

私も正直そういう種類の人間を軽蔑しておりました。
でもまさか自分がする羽目になろうとは思いませんでした。

これは私が5年間恋焦がれ、惑わされ、探し続けた相手のお話。

時は1999年の終わり頃。

結局7月には何も降って来ずに、ミレニアムがどうとか西暦2000年問題だとかで賑わっていたあの頃。

始まりは全く関係のない音声ファイルからでした。


あるラジオ番組をきっかけに知り合った”少佐”ことH.N.ジョニーライデン少佐氏から私は、ICQ経由で「面白いものを見つけた」と、とあるファイルを渡されたのです。おお、面白い・・・。小慣れた喋り方から「素人じゃないな」というのはよく分かりました。のちにそれは雑誌TechWinの付録で、宮崎吐夢さんという人の「ペリーのお願い」という漫談だと知りますが、それをきっかけに、私は細い回線を駆使してネット上の面白い音声ファイルをかき集めるようになりました。

当時人気があったのは「MADテープ」と呼ばれる音声ファイル。簡単に言えばNHKのニュースや全く関係ないナレーションを適当に繋ぎ合わせて面白おかしく編集したものです。有名な「18禁ラピュタ」を初めて聴いたのもこの頃だったと思います。勢い余って自分でもいくつか作りました。あまつさえ、オリジナルCDを焼いて友達に聞かせました。

まだまだISDN全盛の当時。たかだか3分の音声ファイルを落とすのに30分くらいかかることもありましたが、それでも貪欲に探しては一生懸命落としていたのを覚えています。


そんなある日。


そいつと出会いました。


いつものように面白い作品はないかと探して見つけたある音声ファイル。

アニメのセリフを繋ぎ合わせたMADだったけれど、特に面白いと思える部分もなく、再生は終わりを迎えようとしていました。ふぅん、エンディング曲が入るのか。無駄に凝っているな。何かの曲にアレンジが加えられていましたが、お世辞にも上手とは言えませんでした。意味もなくフェードイン・フェードアウトを繰り返し、音質も悪い。途中にセリフも重ねてある。正直聴けたもんではありませんでした。


だけど


後ろで流れていた、その途切れ途切れの曲。何だろう。すごく、カッコ良かった。


いや、カッコイイなんてものじゃなかった。聴いたこともない、心躍る旋律だった。JAZZ調で、なんだかハードボイルドな臭いがする、スパイ映画が似合いそうなその曲。それだけが強く印象に残ったのです。



数日後、あの曲が忘れられなかった私は、もう一度あのサイトを探しました。


しかし


所詮は他人の著作物を載せるアンダーグラウンドな違法サイト。当時はよくある出来事でしたが、そこも次に私が訪れようとしたときは跡形もなく消えていました。例のファイルごと。


リンク元からはサイト名すらわからない。

自分のパソコンのキャッシュにも残っていない。

例のファイルを保存しなかったことを後悔しました。


まあいいや、ただの音声ファイルじゃないか。気にすることもないさ。


そう思えれば幸せだったでしょうね。


気が付けば、私はその曲のことばかり考えていました。


ハッキリと残るあのメロディー。誰の作った、何ていう曲だろう。


何で、何であのとき管理者にメールでもして曲名を聞かなかったのだろう。



アイドルだとかカリスマだとか、自分には手の届かない人を好きになること、もしくは物語上の人物だとか、マンガのキャラクターだとか、想像上の人物に恋する話はよく聞きます。でも人非ざるもの、ましてや抽象的な音階の配列である楽曲に恋するなんて。音楽家じゃあるまいし。


そうだ、探そう。でも、どうやって?

最近ネットを使い始めたというあなたにはわからないかもしれないけれど、あのときの私は探す術が思いつきませんでした。

 西鉄バスジャック事件が起きてようやく名が知られ始めようになるのは翌年の5月だ。

 検索は用途に応じて複数を使い分けるのが常識だ。Google?なんだそれ?この前Alta Vistaに検索総数で負けてたあのエンジンのことか?

 はてなはまだ京都で産声を上げる前だ。

  • ホームページに鼻歌をUP?

 容量の少ないgeocitiesでどうやって?MP3?へぇ、最近そんな圧縮率の高いファイルが流行っているのか。

  • P2Pソフト?

 何それ?

CD-Rが1枚1000円はしていた頃です。ちなみにCD-Rドライブは書き込み中に振動をあたえるとエラーを起こしてパーになるようなデリケートさでした。速度はせいぜい2〜4倍。10GBのHDを見て「パソコンはここまで大容量になったのか」と感嘆していた頃なのです。メモリースティック?DVD−R?miniSD?なんだそりゃ?記録媒体の主流はフロッピーディスクだろ?

そんな時代でした。細かい時期の錯誤はあるかもしれませんけど、私にはそういう認識だったんです。

ましてや探す相手は音声ファイル。画像・音声・動画ファイルの検索が今も難しいのはご存知の通りですね。



そうだ、有線放送か何かでかかるかもしれない・・・。

いや、まてよ。何を根拠に?

あれがプロの、市販されている楽曲だという保証が一体どこにある?

もし、素人が演奏したオリジナル曲だったらどうする?

だとしたら、この世にあの曲を知ってる人間なんて限られてくる。



なんだ、ほとんど可能性0じゃないか。























もう2度と会えないのかもしれない。


人生、一期一会とはよく言ったものです。


今日あなたが会った人はもう2度と会えない人かもしれませんよ?


今日交通事故で亡くなった人は、朝家を出るとき、まさか自分が今日交通事故に遭うなんて思いもしなかったでしょうね。


後悔ばかりが募りました。


―――――――――――――――――――――


それから5年経った2004年12月。





その日、私はテレビを点けながらボーっとネットを見ていました。



そして不意に信じられない出来事が。




あの曲が、二度と聴けないと思っていたあの曲が、テレビから流れてくるじゃありませんか。


何かのCMでした。15秒か30秒か。とにかく食い入るように画面を見つめる私。


得た情報をすぐに検索しました。


これが曲名?


MIDIを探します。あった。あった!あった!あった!



聴きます。



あー・・・・・・。これだー・・・・・・。



間違いありませんでした。あの曲でした。



たった1回聴いただけなのに、5年経っても忘れることができなかった大好きなメロディーでした。



「うわぁ・・・。」



そう言ったっきり10分は絶句していたと思います。



自分の部屋がとても滲んで、よく見えませんでした。







後に「COWBOY BEBOP」というアニメのテーマ曲として使われた曲だと知った、菅野よう子作曲・Seatbelts演奏の「Tank!」


私があの冬の日、一目惚れして5年間恋焦がれ続けた相手の名前です。


iTunesに登録してもう450回以上逢瀬を重ねています。



COWBOY BEBOP TANK!THE!BEST!

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cowboy bebop 5.1ch DVD-BOX

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