ズゴック、絶望キャラの魅力を語る 〜完璧超人・千里の苦手なもの


いつわらないでいて 女の勘は鋭いもの
あなたは嘘つくとき 右の眉が上がる
あなた浮気したら うちでの食事に気をつけて
私は知恵をしぼって 毒入りスープで一緒にいこう


       平松愛理部屋とYシャツと私』より

今回は絶望キャラの中でも活躍の頻度が高いあの猟奇的な彼女、もとい猟奇殺人鬼の彼女にスポットを当ててみることにしましょう。

そう。正義の粘着質こと、木津千里です。

千里ってどんな奴?

彼女の初登場は第8話『書をきちんと本棚にしまって町へ出よう』でした。実はそれ以前から委員長っぽいモブキャラとして登場してはいたのですが、名前が明らかになり、彼女の特徴たる”几帳面属性”を与えられたのは、メインとして登場したこの回。

では改めて彼女のキャラクターを確認してみましょう。
今述べたように”几帳面”であることはもはや言うまでもありませんが、他にも、世間からは美少女という評価を得ており(第26話)、他人の家を大掃除して回るほど世話好き(第33話)、成績はほぼオール5の秀才で(第13話)、意外と面白いことも言える(第23話)というオールラウンダー。こと、千里に関しては「○○が苦手」「○○が下手」というエピソードを見かけません。おそらくたいていのことは器用にこなしてしまう完璧超人なのでしょう。

また、危なっかしい行動が多いマ太郎のことを常に気にかけたり(第9話・第37話)、なんだかんだ文句を言いつつも親友の藤吉さんがコミケに参加するときは必ず見に行ったり(第15話・第60話)、臼井が傷心のあびるにデリカシーのない言葉をかけた時は先頭切って非難を浴びせる(第57話)など、友達想いのイイ奴でもあります。

よくよく考えてみれば「きっちりしている」という設定はツッコミにもボケにも非常に使いやすいキャラじゃないでしょうか。世の中のきっちりしていない部分を見つけてくればツッコミになるし、きっちりし過ぎて変な方向に話を進めばそれだけでボケになる。どんな話題でもほぼオールマイティーに絡むことができる。なんと。驚くことに千里はギャグ漫画キャラとしてもほぼ完璧だったのです。

人気のないヒロイン?

この様に何をやらせてもそつのない千里ですが、ファンの間ではいまいち評判が良くありません。あれだけ毎回登場しているのに霧やまといよりも人気が低いそうです。何故でしょう?「キッチリし過ぎていて、実際友達にしたらウザそう」だからでしょうか。それともやはり彼女の度重なる猟奇キャラ化でしょうか。

久米田作品で猟奇キャラといえば思い出すのは『かってに改蔵』の名取羽美です。

「『絶望先生』に登場するキャラは『かってに改蔵』のキャラを溶かして混ぜて再抽出したものである」というのがファンの間では共通見解。例えば地丹の引きこもりグセは霧、ストーカー癖はまとい、といった具合にしっかり受け継がれています。

そして羽美の最も強い暗黒部分(ダークサイド)である「猟奇性・呪術能力」を受け継いだのが誰あろう千里でした。

「きっちりしたい」→「きっちりできない」→「イライラする!」→「プッツン」となるのは必然と言えば必然。
第20話でその兆候が現れて以来、千里は運命付けられたかのごとくどんどん暴走を繰り返し、しばしばオチに使われるようになりました。恐らく久米田先生は『さよなら絶望先生』でも羽美を使いたかったのでしょう。愛されていたんだね、羽美。しかしこの傾向を喜ぶファンも居れば疎んじるファンも居ました。

後者曰く、「羽美は友達がいなかったり自分のことを認めてもらえなかったり、ブチギレて錯乱するに値する悲惨なバックグラウンドを持っていたが、千里は友達も多いし優等生なのにただ自分の納得いかない(きっちり出来ない)ことにキレているワガママ女だ」と。なるほど。つまり千里は大したものを背負っているわけでもないのに暴走しやがって迷惑な奴だ、と。そういうことらしいです。

きっちりも楽じゃない。

でも本当にそうでしょうか?いや、そんなことありませんよ?例えばこんなエピソードがあります。

きっちり中分けロングヘアーがトレードマークな千里。生まれつきストレートかに思われたその髪質は、実は強烈なクセっ毛だったことが明らかになります。彼女は毎月ストレートパーマをかけ、毎朝必死にブラッシングすることであの髪型を維持していたのです。この努力にも感心ですが、重要なポイントはこのことをクラスメイトの誰にも言っていなかったという点です。普通、何かの拍子に言いますよね??4月じゃないんですよ?このエピソードが出てきた第二十八話時点で既に半年以上も2年へ組のクラスメイトと苦楽を共にしてきているんですよ?もちろん、本物の委員長を押しのけてクラスを仕切ってしまう程の子だからコミュニケーションが苦手というわけでもありません。

どうもこの娘は「努力していることを人に知られるのは恥ずかしい」「自分の弱みを見せるのは恥だ」と思っているようです。やたら自分の苦労をひけらかし、可哀想ぶって人の気を引こうとする羽美との大きな違いです。







もう一つ。彼女には強烈なコンプレックスがあります。

ド貧乳。

これが判明したのは第14話でした。当初このことをさほど気にしていないかに見えた千里でしたが、第32話で可符香に唆されてプッツンしたことをきっかけに心の奥底へ封じ込めていた思いが爆発します。

「(巨乳のカエレに対し)
 あなたのおっぱいの大きさが、私を苦しめているのよ!

無茶苦茶気にしてたーーッ!!


続く第33話でも「見栄で買ったBカップのブラと実際の胸との隙間に無駄な空間がぽっかり!デッドスペースですよ!」と絶望先生から指摘され、先生の頭に穴を開けようとします。w

おやおや、これはどうしたことか?!
あれだけきっちりにこだわってきた木津さんが全然きっちりしてないじゃないですか!

森羅万象をきっちりさせること>>>>>>>>>>>>>>その他

だったのに、

ド貧乳を気にする乙女心>>>>>>>>>>森羅万象をきっちりさせること

になってる!
「活用されてるからここはデッドスペースじゃない」とかわけのわからない言い訳をしてる!いやいやいや、活用してるとかどうとかの問題じゃなくて、そもそもフィットしない下着を身に付けるのは全然きっちりしてませんって。あんだけ他人にきっちりを強要して自分にも厳しいはずの千里が、こと自分の胸になると乙女心の方を優先させちゃうんですよ?分かるかお前ら!千里の魅力はこういう所だ!


目的?手段?千里のきっちり

あの態度を見たとき、私の「きっちり完璧超人な木津千里像」にだんだん疑念がわいてきました。
よく考えてみたら彼女の”きっちり”はかなり恣意的なんです。「不法入国者でもフェアトレードならOK」なんてお前、全然きっちりしてないから、それ。でもまぁ、彼女も人間ですから。彼女の主観的なきっちりでも多少は仕方ありません。許しましょう。

しかし、私がこんなことを考えながら第8話『書をきちんと本棚にしまって町へ出よう』のラストを改めて読んだとき、ふと気付いたんです。「あれ〜、こいつ、きっちりを自分の都合のいいように利用してないか〜?」って。

千「ま・・・・まあ、男と女のことですからこーなってしまった以上、仕方ありません。」
千「きちんとしてください。」
望「へ?」
千「きちんと籍を入れてください。きちんと両親に挨拶に来てください。」
望「いや あなた何を言っているんですか」

みなさん、千里がキッチリしてるからこんな展開になった、専門用語で言うところの「フラグが立った」状態になった、とお思いの方も多いかもしれません。でもきっちりさせたいだけなら別にここは「きっちり謝ってください!」でもいいんです。


もうひとつ。
第53話で絶望先生に不可抗力で胸タッチされた千里のリアクション。

これも少し不自然ですよね。
カエレなら問答無用で訴えるだろうし、芽留なら泣きながら走り去ってあとで嫌がらせのメールを大量に送りつけるだろうし、あびるならあとで読者の見えないところで蹴りを浴びせるだろうと思います。可符香なら・・・いや、よそう。想像するのが怖すぎる。あ、奈美ならビックリして悲鳴も上げられず後ずさりするとか、実に普通ぅ〜です。いずれにせよ、「もう、今度やったら怒るからね・・・。」なんていうあざといリアクションを返すキャラはこの漫画には居ません。

それに比べて千里。なんだろう、この待ってましたと言わんばかりの反応の良さ。まるでアクシデントをこれ幸いとばかりに利用したように見えます。なにか前述の保健室事件とも重なります。共通するのは相手が絶望先生だったということ。



はは〜〜ん・・・・・・。







【霧への嫉妬】「(女心を弄ぶのは許せないから、きっちり言わなきゃ。)」


なるほど。





【頼んでもないのに大掃除】「(私がきっちり大掃除してあげないと。先生だらしないから。)」


ほうほう。





【夏休みの様子見】「(定期的にきっちり見に行かないと。先生、自殺してないか心配だから。)」


へぇ〜。







お前、自分の”きっちり”にかこつけて、本当は先生と絡む理由が欲しいだけなんじゃないのか。千里。

完璧超人の苦手なもの

はっきり申し上げましょう。千里は絶望先生のことが大好き。*1しかも第8話以前の時点から好意的な感情を既に抱いていた。そうじゃなきゃこんな展開はありえません。しかもその気持ちを素直に認めたくないものだから「これはきっちりさせるためなんだ」と周りや自分に大義名分を掲げています。「籍を入れろ」と迫るのも彼女の中では”きっちりさせるため”であって、決して”先生が好きだから”ではありません。でも千里よ、隣に寝てたり胸を触ってきたのが臼井だったらお前は絶対こんなことしてなかったはずだよな?わからいでか。

これ見ると思いますね。なんか不器用だなぁって。・・・・・・あれあれ〜。完璧超人で何でもこなすはずの木津千里さんは、ひょっとして自分が好意を寄せる殿方へのアプローチとなると苦手なんですかねぇ〜?だいたい、先生に他の女の影がチラつくと毎回強烈に嫉妬してますよね?あれも「私との関係をきっちりさせてないから」ってことなのかなぁ?だったらカエレみたいに示談してきっちり慰謝料貰う手もあるのにねぇ。それをしないのはどうしてなんでしょうねぇ〜。隠し通してるつもりでもちょっと無理があるんじゃないかなぁって。(ニヤリ)



わかりましたでしょうか。
彼女が生まれつききっちりさせないと気が済まない性格なのはガチでしょう。でもそれだけじゃないことも確か。彼女にとって「きっちり」とは友達とのコミュニケーションのきっかけであり、大好きな先生に近づく手段でもあるのです。そしてきっちり出来ない自分自身に悩み、それを克服しようと誰知らぬ所で黙々と努力し、完璧を目指している。そういうキャラクターなのです。



きっちりしなくていいんだよ?

最後に第22話より。

「もうきっちりしなくていいんだよ」というセリフに千里は珍しくボロボロ涙を流します。

久藤くんが語った『きっちりアメーバー』がどんなお話か。私たちには知る由もありません。けれどこのセリフから「何かきっちりさせることに一生懸命だった主人公が最後に悲劇的な結末を迎えて、その時側に居た者から『もうきっちりしなくていいんだよ』と労いの声を掛けられた」と推測できます。

つまり千里は上記のようなストーリーに共感した。自分を重ね合わせて泣いた。そういうことです。世の中きっちりしないことだらけだし、きっちりさせるのもなかなか辛いのかもしれません。事実、人生に絶望して自殺しやすい人間というのは絶望先生のようなタイプよりもむしろ千里のようなタイプの人です。


もしあなたの周りに彼女のような人が居たら、声を掛けてやって下さい。


「そんなにきっちりしなくていいんだよ?」と。

*1:え?知ってるって?w