連載終了から2年を経て、改めて書く「かってに改蔵」最終回の感想


優しいものは とても怖いから
泣いてしまう 貴方は優しいから
誰にも傷が付かないようにと
ひとりでなんて踊らないで
どうか私とワルツを

  鬼束ちひろ私とワルツを』より

【序】

本文は2004年に連載が終了した久米田康治原作のマンガ「かってに改蔵」、特にその最終話について考察と再評価を行うものである。

尚、本文中には「かってに改蔵」最終回のネタバレはもちろんのこと、「ハイスクール!奇面組」、「東京大学物語」、「すごいよ!!マサルさん」、「武士沢レシーブ」といった作品のネタバレにも一部言及しているので、それらをご覧になっておらず、これから楽しもうと考えておられる方の閲覧は推奨していない。そういう方は[あとで読む]のタグでも付けてはてなブックマークして頂ければ幸いだ。

以上。









☆連載終了から2年を経て、改めて書く「かってに改蔵」最終回の感想

●私と「かってに改蔵

私と「かってに改蔵」との出会いは、はっきり言ってよく覚えていない。確か当時通っていた大学近くの定食屋で見た単行本が最初だったように思う。そのときは特に印象には残らなかった。特に面白いと思わなかったのだろう。ギャグマンガは好きで雑誌に関わらずよくチェックしていたが、サンデーは「GS美神」が終了して以来、他に読みたい漫画もなく、立ち読みすることもなくなっていた。

改蔵」に興味を持ったのは、もう5年以上も読み続けている個人サイト「ろじっくぱらだいす」のマスコット「ロジパラキノコ」が改蔵の背景ネタとして使われていたことを知ったのがきっかけだった。時期で言えば連載終了間際、単行本で言うところの、もう23〜24巻が出たくらいであろうか。*1
「そんなことをネタにしてくれるプロのマンガ家がいるんだ」とたいそうビックリしたのを覚えている。それからたまにだが、サンデーを立ち読みするようになった。

だが私が本格的にこの作品を意識するようになったのは連載終了後である。そう、あの伝説の最終回を見てからだ。


●まもなく迎えた最終回

私が「改蔵」に興味を持つ下地として以下のような状況があった。連載終了から時間を少し戻そう。
2003年の終わり頃、私は「漫画読み系」と呼ばれるサイトをよく見て回るようになっていた。マンガを読んでその感想を書き連ねているサイトだ。私が現在運営している「ビヨンド・ザ・どよんど」はまさにそれである。

そして私が気に入ったサイトはどこも決まって「久米田が」「久米田が」とあのマンガ家のことをよく話題にしていた。中でも特にヤマカムさんの「久米田康治VS赤松健」はよくまとめられていて印象に残った。そうしたテキストを読むうちに、「それなら単行本でも読んでみようか」と思い始めた矢先、あの最終回を迎えたのである。

最初からあの漫画を読んできたわけではなかったので、連載終了に当たって感慨深さのようなものはなかった。ただ、衝撃を受けた。「ギャグマンガの最終回でこんな終わらせ方をする必要があるのか?!」と驚いた。綺麗にまとまっていたのだ。


ギャグマンガの終わりは

ミステリーやサスペンスならいざ知らず、ギャグマンガの最終回なんて奇をてらう必要は普通ない。
例えば4コマであればいつも通りのネタを載せて「いままで応援ありがとうございました」で終わるパターンが多い。ちょっとしたストーリー物の場合でも同じく特にオチを用意しない「彼らの日常はこれからも続く」オチ*2 *3。幸運にも打ち切られず最終目標を達して終わるなら大団円オチ。唐突な大事件を起こし、それを解決→めでたしめでたしとする破局オチ*4 *5もある。

あずまんが大王」や「女子大生家庭教師濱中アイ」のように現実時間とマンガ内の時間を連動させて、卒業シーズンが来たら物語も終わり、というリアルタイム連動終結タイプのオチもある。「武士沢レシーブ」に見られるような年表オチなんてのは特別だ。

要するにギャグマンガは突然の打ち切りでも無難に終わらせれば読者から文句言われることは少ないはずなのだ。伏線回収も「ギャグマンガだから」という理由で気にされないことが多い。そりゃそうだ。ギャグに整合性や合理的な理由があったところで面白くなるとは限らないから。むしろ曖昧に、わけのわからないまま放置することで可笑しさを出すのもギャグだ。

しかし「かってに改蔵」は違った。
わざわざあんなオチを使ったのだ。


●賛否両論渦巻く 果たしてあれは”夢オチ”なのか

当時はまだ2chの週刊少年マンガ板には出入りしていなかったが、凄まじい勢いでスレが消費されたということは後に伝え聞いた。内容は賛否両論だったことも。*6

何故賛否両論だったか。ネタにしたのが精神科の医療現場だったということもあるが、最も大きい理由は結び方が「夢オチ」だった点にある。夢オチといえば「ハイスクール奇面組」「東京大学物語」を始めとしてどれもすこぶる評判が悪い。しかし「かってに改蔵」の最終回は私たちが「夢オチ」と聞いてイメージするような典型的な結びだっただろうか?
否。私ははっきり言い切ろう。あれはそれまでよくあった所謂「夢オチ」の類とは一線を画す最終回である。以下、本文では最終回でのあの結びを一般的な「夢オチ」と区別するために「改蔵夢オチ」と称す。「改蔵夢オチ」と普通の「夢オチ」との決定的な違いはどこか、「改蔵夢オチ」がどう評価されるべきか指摘してみたい。


●そもそも「夢オチ」とは 〜「夢オチ」がタブー視される理由〜

夢オチ【ゆめオチ】
俗に小説やドラマなどで,物語の主要な部分が「登場人物の見た夢だった」とする話の結び方。
(三省堂提供「デイリー 新語辞典」より)

「夢オチ」の基本的な語義は上記の通りである。異存はないと思う。

そもそも「夢オチ」が批判されタブー視される所以は「今まで語られた出来事は全て現実ではありませんでした」としてしまう点にある。主人公の見た夢でしたとか、誰かの妄想でしたとか。だがそれは漫画として描かれた作品世界の否定である。下手すれば読者が想い入れのあるエピソード、お気に入りのキャラクター、全て最初から存在してなかったことにされかねない。信じていたことを悪い意味で裏切られる。だから「夢オチ」が好まれないのは当然だ。


●どこが他の「夢オチ」と違うのか?〜大いなる肯定『全ては”現実”でした』〜


では「改蔵夢オチ」の場合どうだったろう。注目すべき点を2つ挙げておこう。

★「夢オチ」と「改蔵夢オチ」の評価を分ける重要なポイント
1.伏線の設置とその回収がなされたか。
2.オチのあと、それまで描かれた物語がどのように扱われたか。


1.はすなわち、最後に夢オチしたとき、読者に「ああ確かに」と納得させられるような仕掛けを用意しているか否かだ。物語の途中に「これは夢の中の出来事だ」と匂わせる伏線があれば、オチも少しは納得のいくものとなるからである。
2.は夢オチのあと、今まで描かれた物語を否定したり、貶したり、亡き物にしようとしていないかどうかだ。この扱い方によって読者の感情は大きく変わる。

まず1.だが、私たちがイメージする一般的な「夢オチ」では、伏線の設置こそあれど回収はなされない。突然な打ち切り宣告・無理な大風呂敷の広げすぎ。理由は多々あれど、「夢オチ」自体がこう言った事情による伏線回収回避の手立てとして用いられるからだ。

では「改蔵夢オチ」の場合どうか。
天才塾生の正体、天才総統や改蔵の父の正体、部長の秘密の部屋、亜留美ちゃんだけが歳をとる理由、地丹が何度死んでも生き返る訳、すずが常に冷静だった訳、そして彼女がガメツク稼いでいた本当の理由、科特部員が部長から何故かお小遣いを貰っていた訳、etc.

こんなにも沢山のことが「最終話」と「大蛇足」で提示されている。無計画な久米田のことだからほとんどは最終回直前に準備した後付けだと私は推測するし、説明しきれていないものもあるが、出来る限りの伏線回収に努めている。


次に2.である。「夢オチ」ではあやふやにされることが最も多い。理由は1.のケースと同じである。よく「夢オチ」として引き合いに出される「ハイスクール!奇面組」や「東京大学物語」は残り数ページで唐突に夢オチが提示される。作者にどんな意図があるにしろ、これでは読者が作品世界を蔑ろにされたと捉えても仕方ないと思う。

改蔵夢オチ」の場合は?
描かれた世界と実際の世界は違っていたけれど、彼らにとってはあれも現実そのものであった、という描写がなされる。否定などされていない。大切に扱われている。

例えば26巻最終話p179のエピソードに注目してみよう。いつも服装がお洒落だった羽美。実は自分の着たくて着れない服をスケッチブックに描いていたというのが真相だった。同ページに「ジルのワンピース」をスケッチブックに描いて看護師のしえちゃんに見せるシーンがある。
目ざとい読者はお気づきかもしれないがこれは17巻p168で羽美がしえちゃんに誕生日プレゼントとして渡したものだ。
このとき現実にどんな会話がなされたかはわからない。結果的に羽美は「私は他人との距離感を上手く取れていないのだろうか」とネガティブに受け止めてしまったようだが、もし、看護師しえちゃんがあのスケッチブックの絵に対して「私、羽美ちゃんと親しくないし、そんな高価なもの受け取れないよ」なんてこと言っていたとしたら。あの場面の捉え方が「大して親しくない友人から高価な贈り物を貰って迷惑がるしえちゃん」から「患者が自分のために一生懸命描いてくれた服を現実に存在する服として受け止め、『そんな高いもの受け取れないよ』と真剣に相手をするしえちゃん」へと大きく変わってきやしないだろうか。

私はそのことを考えるとグッとくる。
この見方の変化は他のキャラについても同じだ。
描かれた改蔵の物語の裏で実際にはどんな展開が繰り広げられていたのか想像すると面白い。

作品世界が否定されていない証拠として極めつけが一つある。改蔵や羽美が退院した後も地丹においてはなお、”とらうま町”が現実として再登場していることである。そうなのだ。作者・久米田康治は「改蔵夢オチ」を示したあとも決して”あの世界”を否定したりはしなかった。地丹の現実としてしっかりと描いたのである。

どうだろう。全て嘘だったか?何もかも彼らの妄想だったか?登場キャラクターは最初から居なかったことにされたか?示された結論は全く逆だ。

「彼らが過ごした日々は紛れもない”現実”だった。」

かってに改蔵」では描かれた作品世界の肯定がなされたのだ。


●あの最終回に否定的なファンの皆様へ

ネットでこの最終回の感想を探してみると、「夢オチだ」と判断した時点で
夢オチ → 過去の事例 → 評判が良くない → 否定的
とする、自分の頭では何も考えずに下した短い批評が実に多い。

これらの思考停止による安易な批判には注意を促したい。
そりゃあ、物事はステレオタイプに型にはめて「これはこうだからこっちと同類。」という風にポンポンと分類していけば分かり易かろう。人間、嫌いなものについてはあまり深く知る労力を費やさないものだし、仕方ない面もあるが、もしあなたがファンを自称するなら、少なくとも自分で何も考えないまま、他人の意見に流されるような形で作品を否定することはやめて欲しい。


今日この文を読んでも貴方が

「そうは言っても夢オチだよ。結びとしては良くないよ。」

と言うならば私はこう言い返そう。

「いや、『かってに改蔵』は漫画史上最高の夢オチだった。」

と。



【結語】おだやかな終焉 背中を向けて、前を見つめて

この最終回の何が悲しいって、それは「無言」であることだ。
お気づきだろうか。全編を通してあれだけ饒舌で活動的だった改蔵と羽美がこの回ではセリフをただの一言も喋らないのである。まるで悟りを啓いたかのように穏やかだ。キャラが登場しなかったり、番外編的な位置づけでセリフがなかった回はあるが、こんなことは全話通して初めてである。

最後のページで改蔵と羽美は読者に背中を向ける。そして紙面の向こう側遠くを見つめる。眼前には海、そして(久米田先生の大嫌いな)雲ひとつない青い空。果てしなく広がる世界と未来に向けたモノローグが流れ、物語はフェードアウトする。

これは「不安を抱きながらも前へ前へ向かって進もうとする姿勢」の演出だ。前向きでいいと思う。このお話は「めでたしめでたし」なんだ。きっと。



私がこの文を書き始めたのは2005年の年末であった。当初は年明けすぐに出す予定だったが、書いているうちに長文となってしまい、結論に至るまでの文の組み方がおかしいことにも気が付いたのでとりあえず放置していたら5月になってしまった。いつまでもほったらかしにしておくと勿体無いのでゴールデンウイークの暇な時間を利用して仕上げてみた。ちょうど「さよなら絶望先生」の連載一周年でもあるし、今しかない、いや、私のことだからこれを逃すと今度は盆か正月になってしまうと危惧し、必死になって書いた次第である。

私がコンビニでサンデーを立ち読みして、あまりの衝撃に2回3回と改蔵を読み返した日からもうすぐ2年になるのかと思うと時の流れの早さを感じる。
6年間にわたって週刊少年サンデーに連載された「かってに改蔵」が最終回を迎えた2004年7月21日。私は一つ歳を取った。その日は私にとって年に一度の記念日であると同時に、今後恐らく忘れ得ないであろう、別れと出会いの記念日となった。


最後に長々とした本文を読んで下さった読者の方、ならびに久米田康治先生へ感謝の意を表して文を締めたい。感想・ご意見など戴けたら幸いである。はてなブックマークしたり、お持ちのブログで紹介して戴けると嬉しい。[これはひどい]のタグを付けると貴方の元へ羽美が呪いに行くので注意。(笑)


2006.05.08 ZGOK

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*1:ちなみに管理人のワタナベさんはたまたま久米田先生の大ファンで(なるほど、確かに彼のネタは改蔵に通じるものがある)、後にろじぱらの単行本を出版する際、帯を書いてもらえるよう編集へ打診したそうだが事情により叶わなかったらしい。

*2:「行け!稲中卓球部」

*3:バトル物のストーリーマンガだと「俺たちの闘いはこれからだ!」オチとも言う。

*4:「すごいよ!!マサルさん

*5:この手法は”デウス・エクス・マキナ”とも呼ばれる。有名どころでは映画「もののけ姫」「ハウルの動く城」など。「マトリックス・レボリューションズ」では同名の機械神が登場する。

*6:のちにログを確認したが確かにその通りだった。